「AIにより仕事がなくなる」そんなことより前に心配すること

石の上にも3年は過去の話 ワークスタイル

先日、昔の仕事仲間と飲む機会がありました。

そんな中で、話題にのぼることと言えばやっぱり会社の将来の話となります。

「相変わらず不景気」だとか「仕事がAIに取られてしまう」・・など。

最後には「山本さんは、いち早く会社を辞めて先見の明がありますよね」のようなことも言われますが・・・。

 

会社を去ったのは事実だけど、まだまだ成功には程遠いので、優越感に浸る気持ちなどは毛頭ありません。

ただやはり、一企業に長く務めるサラリーマンはピントがずれているのは感じてしまいます。

AIにより仕事がなくなるのはウソ?

AIにより仕事がなくなるとは、もう数年前から言われ続けています。

確かにAIは頭脳でもありますので、単に機械化されて労働力が置き換わるだけでなく、これまで人間が行っていた応用の領域まで入ってきますね。

そこにこれまで蓄積したビッグデータが重なれば、単なる効率改善にとどまらず、これまでの常識が覆される新発見も多くある事でしょう。もちろん仕事にはプラスに働きます。

 

つまりそれは、おしなべて仕事が楽になるということです。

では、ヒトは要らなくなるのか・・・

これまでも、機械化により労働力が不要になると危惧された時代もありましたが、代わりのビジネスは生まれ、逆に人手不足となっていますね。

 

本当に恐ろしいのは、AIにより仕事が奪われることではなく、そんな流れに取り残されることです。

変化を全て否定的に考える人たち。

サラリーマンの特に中高年がやばい世代と言えるでしょう。

 

企業人にとって必要なのは、今更声を大にするまでもなく、変化にどう対応するかです。AIでどれだけビジネスチャンスが広がるか、逆にどれだけ縮小されるかの見極めが重要です。

縮小されるのであれば、別の手立てを考えればよい話です。

そもそも現状維持で生き残れる業種なんて僅かなのですから・・・

基盤がある分、新規参入よりも有利な面も多いかも知れません。

特に、昭和の凝り固まった思考の経営者は、外部から専門家を交えても流れを読む必要があるでしょう。

3年もたてば考えは変わる

昭和時代に産まれた40代以降の多くは、とにかく良い大学を出て、有名企業に勤めれば幸せになれるという時代背景で育ちました。

自分の子供にもそういう思いで「受験のための勉強」を強いている親御さんも多いでしょう。

勉強にしてもスポーツにしても、一生懸命打ち込むことが、自信となって人生にプラスに働くのは否定できません。

しかし、学歴があれば安心とか、一流企業に入社すれば安泰という時代ではないということです。

 

「石の上にも3年」とは、我慢すればその後には安定保証が約束された時代のお話。

これからの若者にとっては、ただただ時間を無駄にすることになりかねません。

 

会社の長期計画なんて、所詮ただの夢でしかありません。

朝令暮改とは悪いイメージでの言葉でしたが、今は良い意味で使われています。

 

学生時代に勉強して、社会ではそれを活かすとは真っ当な意見ですが、今後はこのサイクルを繰り返すことになるでしょう。常にやりたいことへ向かっていかなければ人生の大半を「石の上」で過ごす羽目になりかねません。

会社では「PDCAを回せ」などと未だに使われますが、デミングサイクル(品質プロセス)を全てに当てはめるには、あまりに時間軸とのズレが大きすぎます。

まずはライフスタイルの中でやりたい頃を探し行動することです。

浮き沈みが普通であることに、頭を切り替えなければなりません。

ネットがもたらす変化に気づかない大人たち

インターネットによる変化

私の息子は、今料理が趣味で、週末は魚をさばいてお造りにしてくれます。時には寿司屋のカウンターのように目の前で順番に握ってくれます。

おかげで安月給でも毎週小料理屋のような気分で晩酌できています。

包丁など一切触れることのない私に対し、なぜこんなに息子は器用なのかと不思議に思いますが、技術や知識はすべてネット動画などから学んだものです。

板前に修業したわけでも、スーパーでアルバイトしたわけでもありません。

私の頭の中では、すし職人になるには、まず皿洗いから始め、包丁を触らせてもらえるのは何年後・・などというイメージですが、息子の寿司を食べていると、素人でもこれだけのことができるのだと感心します。

更には、それをネットで公開し、ちゃっかり収入を得ています。

職人にはお叱りを受けるかも知れませんが、ここで言いたいのは既に専門知識はその業界に入らなくても、その多くはネットで学ぶことができるということです。

 

ネットといえば、負のイメージばかりを強調する識者もいますが、そこは使い方次第です。

これまで特定の機関でしか見られなかった論文、一部の組織向けの講演も動画で公開されていますし、生活のあらゆる疑問に検索エンジンは応えてくれます。

 

ここで重要なのは、「ただ便利になった」だけでなく、教育・組織・会社など、あらゆる生活の中で従来の考え方が通用しなくなったことの警鐘と捉える必要があることです。

 

未だここに気づいていない大人が、随分トンチンカンな発言をします。

インターネットが普及してもう20年以上が経ちますが、その間どれだけ情報量が拡大し、それを利用するプラットホームが整備されてきていることか・・

 

私たちが例えば時代劇を見たとき、「この頃はのんびりした時代だな~」と感じることがあります。今の時代はスピード感がありますよね。

AIの進化によって変わること・・・、それはそのスピードがさらに加速することです。

データ分析は瞬時に行われ、我々の生活に反映されます。

中高年にとっては、インターネットが現れたのもスマホが出来たのもついこの前のことですね。中にはそのどちらにも無縁の方もいるかも知れません。

これまでの変化に対応できない方は、この先はさらに置いて行かれることになりそうです。

 

今の中高年の多くは社会人になって一生この会社で働くと決意して入社したことでしょう。

当時は「パソコンが使えれば、仕事に有利かも」くらいの考えだったかも知れません。

ところが、そのパソコンは、今やスマホとなって肌身はなさず使用するものとなり、さらには家電や車などあらゆる生活にリンクされるものとなりました。

当然流動性は激しいため、企業ライバルは同業者だけでなく、新しいビジネスモデルということも増えてきているでしょう。

 

「変化に対応できるものこそ生き残れる」

「時代に取り残されるな」

などと、口ではもっともなことを言いますが、自分がその仕組みを作れないことに気が付かない大人が多いようです。特に経営層はそれを阻害しないようにしたいものです。

 

そして、そんな会社で考えることを放棄した従業員こそが、最も悲惨であることは言うまでもありません。